「人間(じんかん)夕陽(せきよう)を重んず」という古い中国の言葉がある。

朝、太陽が登ってから沈むまでを、人間の一生に置き換えた言葉で、朝昼とても晴れていても(若い頃いかに豊かで栄えても)、夕刻天候が崩れるたりすると(晩年淋しく過すと)、その日1日が何となく虚ろな1日であったように思え(その人生は虚しく感じる)、反対に昼間雷雨が降るような日でも(苦労の多い人生でも)、素晴らしい夕陽に涙などした日には(晩年が幸せならば)、その日1日が本当に素晴らしい1日であったように思える(その人生は幸福に感じる)。というような意味だ。
ここでいう夕陽(晩年)とは死ぬ5年ほど前から臨終までのことであろうか。終わりよければ全てよしという意味にも聞こえるが、晩年を幸せに生きるためには、若い頃からの積み重ねと、感情に惑わされず、常に冷静で、粘り強く、良心的な判断ができる人間性が必要であろう。財閥を作らず「私利を追わず公益を図る」との考えを、生涯に亘って貫き通した渋沢栄一さんの半生を見れば、この言葉の裏にある深い苦悩と、晩年の収穫に期待する前向きな努力が伺える。
中国の賢人の言葉には、自然の営みの中から人が生きる為の大切なメッセージを読み説こうとする気概と、こじつけとは思えない説得力がみられるのが面白い。私もいつまで生きられるかは不明だが、生かされている間は、晩年を想い人生を豊かにするための良質な種を蒔きながら生きていきたい。
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